山口県萩市

維新のふるさと萩のまち。
「吉田松陰」と出会う駅

維新のふるさと萩のまち。「吉田松陰」と出会う駅

はぎおうかん


萩往還

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萩往還

萩往還とは毛利氏が参勤交代で通った街道で、山陰と山陽を結ぶ重要な交通路。歴史上重要な役割を果たした街道は、今も江戸時代と変わらず多くの人が行き交っています。 その主要な道に建ち、城下町らしい建物とゲートが出迎えてくれる道の駅。山の幸を中心に、萩の魅力を伝える萩城下町の玄関口です。

住 所

〒758-0061 山口県萩市大字椿字背ヶ坂1258

アクセス

山陰自動車道萩ICより車で約5分、中国自動車道美祢ICより車で約20分

電 話

0838-22-9889

営業時間

9:00~18:00

休館⽇

年中無休
見蘭牛ダイニング「玄」 火曜日

SNS

設置施設

電話

店舗、売店

レストラン

喫茶、軽食

休憩所

情報コーナー

公園

展望地

博物館、美術館

温泉

スポーツ活動施設

宿泊施設

キャンプ場

ガソリンスタンド

シャワー

ファックス

郵便ポスト

体験施設

授乳スペース

授乳室

おむつ交換スペース

屋根付き駐車場(身障者、子育て)

オストメイトトイレ

バリアフリートイレ

EVスタンド

足湯

Gourmet

イチ押しグルメ

  • restaurant瓦そば

  • restaurant至極の金

Omiyage

イチ押しお土産

  • 萩焼各種local_mall

  • 玄シェフオリジナル見蘭牛ハンバーグlocal_mall

  • 見蘭牛コロッケlocal_mall

  • 夏蜜柑丸漬local_mall

  • マーマレード各種local_mall

  • Cyonmageビール各種local_mall

  • BATH POWDER各種local_mall

Yorimichi

周辺の観光スポット

涙松跡

萩城下から山口・防府へと通じる萩往還沿いにある碑。ここを過ぎると萩の町が見えなくなってしまうため、ここが城下を見ることができる最後の見納めの地でした。人々はここで松並木の間に見え隠れする萩を見返り、別れを惜しんで涙し、また帰った時には嬉し涙を流したということから、いつしか「涙松」と呼ばれるようになったと言われています。

松下村塾

幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。塾舎は今も松陰神社境内に現存しており、平成27年(2015)には世界遺産となりました。伊藤博文など明治維新を成し遂げた偉人たちが学んだ私塾です。

萩城城下町

1604年に毛利輝元が萩城を築いて以来、260年間にわたって36万石の城下町として栄えた町並みには、重厚な武家屋敷、夏みかんがのぞく土塀やなまこ壁、鍵曲など、今なお城下町の風情が色濃く残ります。2015年7月世界遺産登録されました。

萩反射炉

萩藩が海防強化の一環として、1856年佐賀藩の反射炉のスケッチから、試作的に築いた反射炉の遺跡です。1995年7月世界文化遺産に登録されました。反射炉の遺構は、萩のほか韮山(静岡県)と旧集成館(鹿児島県)にあるだけで、わが国の産業技術史上たいへん貴重な遺跡です。

三見橋(眼鏡橋)

大正3年(1914)に建設された、径間54尺(約16m)の石造りの単一アーチ型石橋。長さ21.4m、幅員3.4m、迫石545個を積んで構成した県下最大級の石造の眼鏡橋です。橋の真下から見上げると、アーチの曲線のシルエットが力強く美しいさまを見ることができます。江戸時代、中国より伝来したという石橋の眼鏡橋は九州地方に多く見ることができますが、山口県下では希少。建造年代は新しいものの、とても珍しい橋のひとつです。

恵比須ヶ鼻造船所跡

幕末に洋式木造帆船を建造した、数少ない造船所跡のひとつであり、2つの異なる造船術が一つの造船所で確認できる唯一の造船所として貴重な遺跡。現在も当時の規模のままの石造堤防が残っています。

佐々並市の伝統的建造物群

佐々並市は、萩市の南部を占める旧旭村の南縁に位置する農村集落で、かつての萩城下町と三田尻(防府市)を結ぶ萩往還の中間点に位置することから、参勤交替の際などに藩主が休息する御茶屋を中心とした、宿駅機能を有する集落として栄えました。平成23年に国選定重要伝統的建造物群保存地区に選定され、堀内地区・平安古地区(昭和51年選定)、浜崎(平成13年選定)と合わせ、萩市の重伝建地区数が4地区となり、ひとつの市町村に所在する数としては京都市とともに全国最多となっています。

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